私刑が支持されるのも解らなくはないが、割に合わないから止めた方が

 まんだらけの万引き事件を契機に、私刑の是非が俄かに議論されている。まんだらけの店主は別に私刑を望んでいる訳ではなく、万引きの初動は警察に頼らず、自助努力が必要であるという認識と、抑止力を働かせるのが主眼であったと思われる。
 しかし、ネット上に溢れる私刑支持派に祭り上げられてしまったきらいがある。しかし、なぜネット上でここまで私刑が支持されるのであろうか?

私刑が支持される背景

 私刑が一概に支持される訳ではないが、これまでのネット世論を見る限り、刑法への不信が支持の背景にあると考えられる。例えば…

  1. 容疑者が未成年者(匿名の上、刑も軽くなる)
  2. 容疑者の両親に対して(法律上、両親の教育責任などは存在しないのが解せない)
  3. 量刑が低い犯罪(性犯罪や児童虐待など、社会の求める量刑が法律より高いもの)

1.はつまり、警察が未成年であることを理由に容疑者の名前を公開しないのは解せない。だから俺が調べて公開して、未成年の容疑者にダメージを与えることで義憤を果たそうとするモチベーションが生じる。
2.は日本では犯罪者の両親の教育責任を問う考えが根強く、西洋由来の近代法では想定されていない概念のため齟齬が生じている。そこで容疑者の両親の名前や個人情報を公開することで、社会的ダメージを与えることでダメージを与えようと言うモチベーションが生じる。
3.は社会が女性や子どもの権利をより重視(社会が左傾化した)するようになったが、法律が追い付かず、量刑が社会的期待より低くなっていると考えられる。実刑を補完するために、容疑者の個人情報を公開し、出所後も長くダメージを与えようと言うモチベーションが働く。
 刑法が普遍性を追求するのに対し、現在の日本がそれより保守的であったり、進歩的であるために齟齬が生じ、私刑執行人の存在価値が生まれる。

私刑はリスクが高い

 デビ夫人が、大津市の中2男子生徒のいじめ自殺に絡み、ブログに加害生徒の母親と思わせる女性の写真を無断掲載したのは記憶に新しい。結局この女性は事件に無関係で、デビ夫人は名誉棄損で訴えられることになった。結局この件は和解したが、デビ夫人なら何百万円もの和解金は端金であろうが、一般ピープルが訴えられたら堪ったものではない。
 そもそも、素人には警察のような捜査能力はなく、ネットに散乱する怪情報を取捨選択して、死刑執行のネタ作りをする程度のことしかできない。このような環境では誤認死刑を行ってしまうリスクは高く、それで賠償リスクを負うのは余りにもバカバカしい。
 いくら動機が義憤であろうが、ネット私刑の執行人の正義感が強かろうが、民事訴訟ではそんなことは酌量されない。割の悪い私刑に素人が手を出すものではない。