労働規制の緩和は経済成長を生むのか

 経済成長のためには規制緩和が重要と言うのは、規制緩和が成長産業を生む、さらにその成長産業へのマンパワー異動を進めるために労働規制の緩和が重要という2つの意味を持つ。これが自由主義の重要な黄金律だ。しかしこれを常識として受け入れるにしては、我々の成功体験が乏しい。本当に正しいのか、実体経済で耐えうるセオリーなのかよく考えてみる必要がある。
 成熟産業から成長専業への人の移動は経済成長に寄与するのかという根本的なことと、その為の施策としての労働規制の緩和がマンパワーの成長専業への異動に寄与するのか、2段階で考えてみたい。

成熟産業から成長専業への人の移動は経済成長に寄与するのか

 成長産業があれば、そこにマンパワーが異動させるための雇用流動化政策は重要だ。しかし、「成長産業不在」又はあっても「プアな産業だけが成長している」という状況では、雇用流動化策は教科書通りの成果を上げられてない。もし雇用の受け皿となる成長産業がないまま解雇を容易にする規制緩和をやれば、失業率が上昇するだけだ。一時的に人員過剰の企業業績は回復するが、失業率の上昇がむしろ実態経済を疲弊させる。
日本の場合は後者で、規制緩和によって雇用の受け皿として増えたのが流通業やタクシーといった低賃金の業種であった。製造業からこういった業種に労働者が移動することで、日本人の賃金水準は押し下げられた。失業率の悪化という最悪の事態は避けられたが、経済成長には貢献しなかった。
つまり成長産業は付加価値が高いものでなければ経済成長に寄与しない。アメリカでは製造業からIT産業と金融業への異動が経済成長に寄与したと言われている。もっともその金融業はリーマンショックで疲弊し、ITの発展はホワイトカラー中間層の雇用を奪ってゆくので、この経済成長はホンモノであったかどうかは評価が分かれるが、日本よりは成功体験があるのは確かだ。

解雇を容易にすることで成熟産業から成長専業への人の移動を促せるか?

 衰退産業で埋没しているマンパワーを成長専業に異動させることで、経済成長の原動力になるという考え方は正しい。しかし一般的には企業が辞めさせたいような人材が、成長専業の担い手とするのは現実的ではない*1。もちろん、流通業やタクシー業であれば彼らの受け皿になり得るが、それでは経済成長にならないのは既述の通りである。
 衰退産業の衰退企業でも、その企業は優秀な人材をなんとか残し、そうでない人材を整理解雇したいと考える。この企業マインドが合成の誤謬を生み、自由主義の黄金律を機能不全にしている。解雇を容易にする労働規制緩和は、この誤謬を助長するリスクが高い。本来自由主義の黄金律を機能不全にする誤謬に神経質にならなければならないはずの自由主義者の多くが、何の疑問もなく労働規制の緩和の推進を是とするところが不思議である。彼らは自由主義者の顔をしているだけで、マクロでなくミクロの代弁者なのではと疑いたくなる。
 政府は解雇を容易にする単純な労働規制緩和でなく、衰退産業から優秀な人材を吐き出させる政策を考えるべきだろう。例えば、今までは雇用を維持することでインセンティブを与えていた制度融資を改め、社員の条件を特定しない希望退職を実施した企業にインセンティブを与えるような制度融資にシフトさせる等の政策が考えられる

*1:家電メーカーではかなり優秀な人材が辞めさせられているので、なんか活用できないのかと個人的には思うが、彼らを生かす成長産業が日本にはなく、外国企業しか受け皿がないのが現状。