月形へ

kechack2005-04-10

 ガソリン代が高騰していて、ドライブに行くのも気が引けるにだが、近場に行くことにした。目的地は月形町にある「樺戸集治監」跡地。http://d.hatena.ne.jp/kechack/20041031で話した私の玄祖父の菊池貫平がお勤めしていた場所である。
 当別経由では面白くないので厚田村から山越えで月形に入ることに。厚田からの山道は思いのほか緩やかで、知らぬ間に当別川を渡る。そこから月形へはもう一山超えないといけないのだが、この山も緩やかで、労せず月形町に入った。実は日本海石狩平野を遮る山地はなだらかで、これが関東であったらすべて住宅地になってしまうような勾配だ。ウラル山脈のような緩やかな山地がまた北海道らしい。
 明治時代の建物がそのまま保存されているのは関心したが、囚人や囚人労働の実態に関しての展示が少なく残念。当時の行刑責任者に関する展示が多いのは、この月形町事態が行刑の町で、この集治監とともに発展してきた町である所以であろう。当時は集治監の責任者が町の行政や警察権も持っていたという。月形町の名前も初代典獄であった月形潔に因んでのものである。
 その後、月形温泉に浸かり、「むつみ屋月形総本店」でラーメンを食べる。
 帰りは、当別川のゆったりかつ雪解けで勢いのある流れが気になったので、一山超えて当別川沿いに帰った。原野の中を流れる川で、カヌーで下ったら気持ちよさそう。しかしダムが計画されているらしく、付け替え道路の建設工事が始まっていた。必要なダムかどうか知らないが、気になったので後で調べようと思った。