福知山線脱線事故報道について

 
  JRになって、電車の設計思想が変わっていたのだ。旧国鉄の電車は、三十年は使え
るよう堅牢(けんろう)に製造されていた。そのぶん速力が出ず、電力も食った。JR
はスピードアップとコスト削減のため通勤電車を「重量半分、寿命半分、コスト半分」
に変えたという。
 JR各社は鋼鉄車より強度が劣る軽量ステンレス車を次々と投入、マンションに激突
し、原形をとどめないほど大破した207系電車もその仲間である。小泉首相が唱える
「官から民へ」の模範例がJRだった。
 事故から一夜明けても、犠牲者の数は増え続けた。民営化したからといって効率ばか
りを優先し、安全性をおろそかにしていいわけはない。「駅ナカ」に商店街をつくって
利益をあげることにうつつをぬかさず、「安全に運ぶ」という最大のサービスを第一に
しなければ、失われた利用者の信頼は回復できないだろう。

こういうコラムを見ると朝日新聞かと思いきや、実は4/27(木)の産経抄であります。
「小さな政府」を理想としてきた産経新聞にしてはちょっと日和見的な記事のような気がする。安全というのは環境と同じく、1次的には資本主義のメカニズムで働かない問題であり、このような事故が自由主義不信につながりかねないと憂慮しているのならわかるが、そこまで考えて書かれているような気もしない。JRになって良くなったことの方が多いのであるから、あたかも民営化が間違いであったかの如き報道をするメディアを叩くとか、冷静な分析をして感情的な報道をする各社と一線を画すとか、天下の産経さんにはどのぐらいの器量を見せて欲しいものである。
 他のメディアを見ても、短略的な報道が目立つ。特に定時運行と安全がいかにも矛盾するかの如き解説はいかがか?多くの場合、定時運行されている場合の方が安全である。列車が遅れると、到着番線の変更や、列車の変更等でリスクは増える。問題は、極端に余裕時分を削ったダイヤにあるのであって、定時運行を保とうとする姿勢には何ら問題ないのである。鉄道事業者には下らないにわか評論家や無責任なマスコミの意見に躍らせず、ぜひ今後も定時運行に努めてもらいたい。