なぜ高級官僚はここまで天下りに執着するのか?

 官僚と付き合いのある人や、今官僚を目指している大学生でもわかっていることである。
官僚の給与は局長級でやっと年収2000万円を超え、官僚トップの事務次官で2200万円超である。今でこそ民間の給与は低下傾向であるが、かつてなら大手銀行なら支店長クラスで年収2000万円を超えていた。優秀な行員なら40台前半で年収2000万円超を超え、役員ならば4000〜5000万円代を貰っていた。
 民間のエリートビジネスマンは、自分よりもっと優秀であった同期が、自分より安い給与で働いているのを知っているのである。そんな中で民間のエリート層の中で官僚の天下りを容認する雰囲気ができあがった。つまり、官僚は退官してからの民間企業で高級を頂き、高額の退職金を貰って、やっと民間のエリートコースを歩んだ人との釣合いが取れると認識されてきたのである。
 この認識は今でもさほど変わっていない。こんな官僚を批判してきたのは3流週刊誌とネット世論だけである。マスコミ人などは官僚が天下りを繰り返し、高額な退職金をもらっても、更にそれ以上の生涯年収をがめる連中である。金持ち喧嘩せずで決して金の問題で官僚を批判したりはしない。

ここまでひどいとは思わなかった。

 天下りの問題と談合がここまで密接であったことが明らかにされたのは最近のここ10年のことである。以前は談合協力は収賄の問題、天下りの問題は別の問題と考えられていたのだが、賄賂が民間企業でのポスト(しかも高給待遇)に化けていたのである。あきれてモノも言えない。

なぜ天下りを禁止できないのか?

 天下りの全面禁止を阻むものは、官僚の早期退官制度である。高級官僚は事務次官に昇進した同期入庁のキャリアが退官する慣わしがある。推測するに、事務次官が先輩や同期を指図する必要がなくなりリーダーシップを発揮しやすくするための制度と思われるが、この慣習を続ける必要があるのか。民間企業だったら、年下の上司に屈辱的な罵声を浴びせられるなんて風景は日常茶飯事である。官僚組織が儒教的ぬるま湯にいつまでも浸かっている場合か?それに副官たる事務次官にそんなにリーダーシップが必要か?大臣や副大臣がもっと局長級に直接指示を出してもいい。
 官僚の早期退官制度は、高棒級の官僚を漸減する効果もあったが、民間企業と同じく役職停年制度を設けて、棒級の低い職に降格させ、その上で60歳までの雇用を保証すればいい。
 これでは官庁に優秀な人材が集まらなくなるという人もいるであろうが、中央官庁のそんなに優秀な人間が必要か?本当に優秀な人間は起業でもしてもらったほうが日本の国益ではないか?今の政府の仕事の成果であれば、もう少し低レベルの人間でもできる。

政治が自立しないといけない。

 改革熱心な小泉総理でさえ、キャリア官僚には手を入れなかった。小泉総理は現業官僚をいじって改革と称していただけである。自民党は根本的に官僚に政策を依存する体質を変えていないのである。これではキャリア官僚に厳しい政策なぞいつまでたっても打ち出せない。本当なら政党が優秀なスタッフやシンクタンクを備えたければならない。