政治的外交

 竹島問題の日韓両国の出来レース外交を見ていると、最近のアメリカ外交のようなパフォーマンス外交化を懸念してしまう。
 民主主義国家で外交が為政者のパフォーマンスに利用されるのは古今東西よくあることで、内政の失点をごまかすためにチープな国民感情を刺激しパフォーマンス外交で得点を稼ぐのである。真の国益とは何かという議論が放置されたまま。
 国民感情というのは単純でワンパターンなので、外交が国民感情に過度に左右される状況は相手に手の内を晒すのと同じで、利敵行為にしからないない。国民感情を意識しなければならない民主主義国家が国民感情など全く無視できる北朝鮮との外交で常に不利な立場に追い込まれるのは必然性がある。
 外交は政治マターでなく官僚マターにすべきという意見が民主主義国家にでさえ存在するが、日本の場合は直近で官僚外交が批判され、政治化されてきた直後なだけに、暫くは政治化が続くあろう。しかし、国民感情に左右される外交は選択肢を狭め、少ないカードでトランプをする不利な状況に追い込まれるであろう。