命令もないのに人が自決したとしたら、その方が余程恐ろしいことではないか! 

 一般に自由主義史観とか反自虐史観の立場の人は、どうも「旧軍を悪者にするな」という点に執着し過ぎている気がする。それが文部科学省の検定にどこまで影響力を与えているかは知らないが、政府首脳の顔ぶれから、影響力は無視できない状況であろう。
 今回の検定の論点は「集団自決に軍の正式な命令はなかった」という点だが、命令系統の正当性を争って旧軍の責任を最小化する運動にどのような意味があるのか?
 私はいっそのこと軍の命令であってくれた方がよほどすっきりする。それならばそんな非道な命令を下すような軍隊を今後作らなければいいという明確な反省ができる。むしろ「軍の正式な命令がないのに、これだけの民間人が集団的に自決した」ということの方が、余程悪質に感じられる。教育や法にのっとらない社会的な圧力や同調的な意思決定を駆り立てによって、人間が自決するとしたら我々はいったいどうすればいいのか?
 現代社会にも様々な同調圧力が存在し、その圧力を無視すると「空気が読めない」として弾圧され、「いじめ」という私刑によって意思決定を制限されている人が多く存在するのである。現代社会でも正式な命令もないのに人々が異常な行動に駆り立てられるような現象が起こり得ると考えるのは杞憂であろうか。

日本軍「強制」は修正=沖縄戦集団自決に初の意見−高校教科書の検定結果・文科省 時事通信