沖縄戦集団自決に関する高校日本史教科書検定問題

 教科書問題というのは教育問題ではないということが、今回の問題でつくづく感じたことである。沖縄の高校では、ほとんどの教師がこの部分は今後教科書通りに教えないであろうし、そもそも沖縄に限らず教科書通りに教える日本史教師など皆無であろう。私の知っている限りは、自分の主義主張を織り込んだ副教材を巧みに使用するイデオロギー型の教師と、受験によく出る部分を補強する受験対策型の教師に大別される。近代史のデリケートな部分は、大学は出題するのを避ける傾向が強く、「近代史=受験に余り出ない」が定説だ。結局、今回の教科書検定で変わった記述がきちんと高校生に教えられる可能性は低いのである。
 しかし、ここまで問題になるのは、高校の歴史教科書=日本の正史であるという側面が強いのである。国家がお墨付きを与える教科書検定制度が、特に日本史と国語に関しては国が何を正しいとするかの正式見解とされてしまうのである。
 昨日の産経新聞がいかにも産経新聞らしい社説を出している。

【主張】沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け

 沖縄県議会で、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された。県議会で与党最大会派の自民党までもが国の検定方針に異を唱えたことは残念であり、沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる。

 意見書は「集団自決は日本軍の関与なしに起こり得なかった」「教科書記述の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものだ」などとしている。
 しかし、文科省の検定意見は、日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ。軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない。
 以下略



 もし歴史的歴然とした事実があるのであれば、それは住民感情などに左右されるべきではない。歴史が政治的配慮で塗り替えられてはいけないのは確かだ。
 しかし問われているのは、それ以前の問題だ。

  • 米軍が渡嘉敷島座間味島に上陸したときに軍命令があったか否かの問題で、軍の命令がなかったとの説が出ているのは確かだが、国が一方の説を正しいとジャッジする状況にあるのか?
  • 教科用図書検定調査審議会は原則非公開で、どのような議論があり結論が導かれたのか不明である。
  • 審議会の答申は教科書調査官がまとめた調査意見書が強く反映されている。独立性のある審議会でなく、文部科学官僚とその指揮下にある調査官の意見がより強く反映されるのはなぜか。
  • 教科書調査官の選任、任命の不透明さ。
  • そもそも教科書検定は必要なのか。

 産経新聞の主張は、以上の問題をクリアしてからでないと正論とは言えない。
 今回特に問題になっているのが、教科書調査官の選任の問題である。調査官は文部科学官僚ではあるが、各分野の専門家が選任され、期間限定で文部科学官僚として専門行政に従事する。
 どうもこの選任に関して、文部官僚や政治家が関与して、特定の勢力の勢力が影響していると言うのである。

「集団自決」検定 調査官「つくる会」と関係  琉球新報

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24726-storytopic-3.html


 ただ何を今さらという気がしないでもない。
1998年。当時文部省の日本史の主任教科書調査官であった福地惇が、当時の教科書を「ほとんど戦争に対する贖罪のパンフレットなんです」「教科書検定のときに、近隣諸国条項というのがあって、日本は侵略戦争をして悪かったと書いていないとまずいんです」と発言。このとこで当時の有馬朗人文部大臣によって更迭されたことがある。
 この時、教科書調査官という官職が注目され、既に「新しい歴史教科書をつくる会のメンバー*1が文部行政に深く関与しているのが明らかになった。
 某右翼団体の情報によると、当時の安倍晋三氏は自民党文教部会で、この不当解任を取り上げると記している。

有馬朗人文相 福地惇主任教科書調査官を不当解任

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H10/1012/101204arima.html


誰が教科書調査官になるかにより国の正史が変わり、そのポストに誰を据えるかで政官塗れた争いが起きていると見ていい。その争いは右派と左派の争いでなく、アジアとの関係を重視する穏健保守派と明確な歴史修正を求める強行保守派の争いになっている。安倍総理はかなり以前の段階から、強行保守派との関係がある可能性が高い。

*1:福地惇はメンバーであった