日本の農業をどうしたいのか。農業の大規模化と日本の原風景維持は両立しない。 

近頃、日本の農業の再生の重要性が急に叫ばれるようになった。少し前まで「食料なんて輸入すればいい」「日本は農業に不向きな国なので、農業は安楽死させればいい」という意見も珍しくなかった。特に大学で経済学を学んだ都市部在住の若年層にこのような意見が多かった。
 今では自由貿易と国際分業を是とする人でも、食料を自給する重要性を認識する人が増えてきた。或いは経済理論的には今でも自給率を上げることに懐疑的ではあるが、生理的には国産食品を食べたいというインテリゲンチャパラドックスに陥っている人もいれば、未だに自給率向上を疑問視しているが世論の空気が急激に変わって口を閉ざしてしまっている人も居る。
 いずれにせよ、世論が食料の自給を是とする方向に流れ、農業軽視論が衰退したのは喜ばしいことである。

混在する「上からの議論」と「下からの議論」

 日本の農業をなんとかしなければならないという方向性が出たのはいいが、どうも二つの潮流が混在しているようだ。一つは安心した食料が食べたいという生理的欲求や、輸入食品への不安や世界的食料危機などに触発されたり、日本文化論など文化面から農業を重視する世論である。これを仮に「下からの議論」としよう。
 もう一つは、日本の農業が生き残るために農業を効率化しなければならないとし、大規模化、専業化を進めるべしという意見で、経済学者や政治学者、官僚などの意見である。この中には元々は農業を軽視していた者が転向しているケースも多い。これを仮に「上からの議論」としよう。
 この二つの流れが混在しているところに、今日の農業問題のわかりにくさがある。一番矛盾しているのが本家本元の農林水産省である。農林水産省は将来日本の農家を40万戸に集約し、平均耕地面積を8ha以上にすると「上からの議論」をしている。(現在農家は180万戸以上あり、平均耕地面積はわずか1.8ha)。その一方で、農家の高齢化を問題視し、農業の消滅に危機だと唱えている。
 日本の農業人口310万人のうち、60歳以上が210万人。これだけ見ると危機だが、もし農家を選別集約し大規模化したいのであればむしろチャンスである。60歳未満の農業の担い手約100万人。世帯数を58万世帯とすると、1戸当りの耕作面積は6haになる。これでもなお農水省の目標より狭いくらいだ。もちろん50代の就農者もじきにリタイアするので、ある程度の後継者育成は必要だが、就農希望者が毎年数万人程度いれば日本の農業は成り立つはずであり、後継者不足は大きな問題ではないはずだ。
 もちろん以上は机上の議論である。年老いた離農者の農地と若い農業経営者の農地がうまく隣接していればいいが、そうとは限らない。都市近郊の平野部では農業の担い手が多く、山間部の農地はほとんど後継者が居ないなどバラツキが大きい。いくら面積が増えると言っても、山間部の居住地から遠く離れた農地を貰って規模拡大をしても効率のいい農業ができる訳がない。実は「上からの議論」は確信犯で、実は食料自給率向上はほどほどにして、平野部の農地だけ残して、山間部の農地は破棄しなければ成立しない議論で、農家を40万戸に集約しても、山間部の農地の多くが破棄されるために、耕地面積は8haにならない。農水省は山間部の農地を緑のダムと呼んで保水のための有用性を説くが、農業の効率化との料率は難しく、両政策の矛盾には敢えて触れていない。
 たとえ平野部であっても、仮に平均耕地面積が1.8haで18世帯あった集落はわずか4世帯しかなくなることになり、農村コミュニティーは維持できなくなる。集落が点在する日本の農村風景は一変し、北海道の酪農地帯のように、隣の家まで車でいかなければならないような分散型となり、多くの小中学校が廃校になり、村祭りも廃れるだろう。兼業農家を減らすとなると、専業農家になることを選ばなかった世帯は農村に居住する意味がなくなり、都市部への人口流出が進むだろう。兼業農家の雇用維持のために農村部に工場等を誘致する必要がなくなり、農村部から就農者以外も消え、地域によっては急激な過疎化を招く可能性がある。 
 「下からの議論」をする人は、日本の農業を守りたいというモチベーションとして、日本の原風景を守りたい、農村の文化を守りたい。緑のダムとしての農業を評価したい。等といったものがあると思うのだが、「上からの議論」を前提にした農業改革を行えばそれは崩壊を免れないのだ。今後真剣に日本の農業を議論してゆけば、「下からの議論」と「上からの議論」の対立と矛盾が顕になってくるはずだ。

いずれは農村集落の崩壊は免れない

 ただ日本は社会主義国ではない、個人の財産権が尊重される以上、急進的な農業改革はできないということを感じている人は多い。仮に「上からの議論」の政策を実施しても、終的には大規模化も専業農家化も程ほどしか進まず、官業農家中心の日本の農業は変わらないのではないか。民主党政権は大規模化を重視しなくても、就農人口が減る中で耕地面積を維持するとなると、規模拡大策を打ち出す結果になり、結局同じような結果に終わるだろう。
 現実的には、高齢就農者を無理やり離農させるようなことはせず、就農人口の自然減に合わせて30年くらいかけてうまく農地を継承させ徐々に規模を拡大してゆくしかないのだ。現実にはそれさえ難しいのだが。
もう少し日本の原風景は維持されるだろうが、30年後に日本の農村はどうなっているであろうか。地方の過疎化はいずれにせよ免れない。あとは農地の継承がうなくできるか、耕作地がどれだけ維持できるかの問題であろう。