なぜTPP推進は不評を買うのか? 関税の廃止と戸別所得補償はセットで考えるべき

 TPPの推進に当っては、特に農業関係者の反発が非常に強い。
 結果だけを見ると、野田政権は農家への戸別補償を行ってTPPを推進することになりそうだ。教科書通りの農政を行っていると言えるのだが、なぜここまで反発を受け、あらゆる方面から不評を買っているのだろうか。
 本来なら関税廃止とセットで考えるべきだった農家への戸別所得補償の問題が、最初から切り離されて議論されてきたのが原因で混乱が起きていると考えられる。この2つの政策をクロスして考えると理解しやすいと考える。 

なぜ野田政権の農業政策が評価されないのか?

 TPP推進派、反対派からともに評価されない理由を考えてみた。野田政権の農業政策と言うより、民主党政権の農業政策と言った方がいいだろう。農家が評価しないのは当然として、それ以外の理由を列挙してみた。

  1. 先に戸別補償を打ち上げて、政権獲得のネタに利用した。

 有識者の中には農産物の関税が撤廃される過程に置いて、ある程度ショック緩和の政策を行うのは止むを得ないという考えの人も多い*1。特に官僚出身の専門家は、理想論を言う一般の評論家と違って農業関係者を説得することの難しさへの理解があるため、政治的コストとして止むを得ないものと心得ている人が多い。世界の潮流として、関税を撤廃する代わりに農家へ所得補償を行う方向に転換する流れになっていることから、ショック緩和策は所得補償になるという理解もある。ただあくまでもTPP交渉に入ってから農家への説得材料として出すカードであり、それを先に出して人気取りに利用した民主党への憤りがある。

  1. 戸別補償も行って、関税も維持するという農家にはばら色のプランを期待させた。

 民主党は先に戸別所得補償を公約し、TPP参加についてははっきりしたことを言っていない。結果的に農家に思わせぶりな態度を取って裏切った結果になった。
 また民主党議員の中にも関税は撤廃せず、戸別所得補償だけ定着せさようという甘い考えの議員がいるのではという疑念を抱かせ、戸別所得補償に理解がある有識者にも評価されない結果になった。

  1. 補償の仕方への批判。

 戸別所得補償をある程度認める有識者の中でも
 戸別所得補償をばらまきと批判する自民党みんなの党もこの辺を突いている。
ただ戸別所得補償を関税撤廃のクッションとして利用する場合、ある程度農家に配慮して、小規模の兼業農家も対象に含める広範囲な制度にせざるを得ないと考える有識者もいる。

  1. 世論の求めている方向性とずれている点。

 今回のTPP議論の特徴として、都市部の世論が必ずしも賛成でないという点。これまでの貿易自由化問題では、都市部の有権者は関税撤廃により農産物の価格が下落するため、歓迎する声が多く聞かれたのだが、それを期待する声がほとんど聞こえてこない。デフレの進行により、日本の物価高を問題視する意識が薄まったせいであろうか、或いは物価の下落を歓迎する態度は自らの首を絞めると消費者が学習したせいであろうか。
むしろ農家への戸別所得補償に対する批判の声の方が、TPPに賛成する声よりはっきりしている。TPP参加により自分たちの払った税金が農家にばら撒かれるくらいならば、関税を維持し、農産物を高い値段で下支えして農業を保護した方が財政負担が少ないので、消費者が安い農産物を求めないのであればこのやり方の方がいいと考える都市生活者が多いのではないか。つまり自民党政権時代の農政が意外と支持されていて、自民党の「民主党の農家への戸別取得補償政策はばら撒きである」という批判は通りがいい。
 関税を維持した方が農業への財政支出が減らせるのはその通りだが、それが国際ルールとして認められなくなっている。それを承知なので、どんなに財政健全化を是とする有識者もこの選択肢の継続を主張しない。
 この選択肢が将来的には認められないという点は政治家が有権者に一番説明できていない点である。野田総理を始め、TPP推進派の民主党議員はこの点をしっかり説明すべきだろうし、自民党議員も今までのやり方が通用するような幻想を抱かせるのは不実である。

  1. その他

 減反政策への可否などを含めた批判などいろいろあるが、論点が拡大するので、今回は割愛する。

農業関係者はなぜ、戸別所得補償では納得しないのか。

 次に農家が納得しない理由を列挙してみた。農家に取って、関税が維持された上で戸別所得補償も得られるのがいいに決まっている。ただ野田政権はTPPを推進するのはほぼ確実で、また自民党政権が復活すれば戸別所得補償が見直されるリスクもある。民主党のTPP反対派や国民新党、社民、共産党の主張通りなら、関税が維持された上で戸別所得補償も得られるのだが、その確率は低いのは承知である。

  1. 自由貿易論者には、農業への補助金導入さえ批判する人も多い。

 TPP推進論者で、そのショック緩和策としての戸別所得補償に理解のある政治家や有識者もいるが、農業を日本の産業とすて重視せず、補助金の支出にも否定的な人も多い。一時的に補助制度ができても、今後あらゆる政治体制の変遷の中で、それが減額・廃止されてゆくリスクが否定できない。
 であれば、関税の維持を死守した方がいいと考えるのも無理はない。

  1. 有識者の中で支配的な効率重視の考えへの反発。

 前項の2に対応するが、TPP推進論者で戸別所得補償に一定の理解のある人でも、大規模農家や若手の農業経営者に絞った支援をし、農業の効率化を併せて行うべきと考える人が多い。そのなると関税撤廃によりダメージを受けた農家のうち、一部の農家しかショック緩和のための補償を受けられなくなる。
 教科書的には「これを機会に日本の農業を強くする」ことにはなるが、政治的には反対論を押さえ込むための投資効果を減退させる面もある。

まとめ

 政治家はこの問題を政治拡大に利用するのは止め、マスコミや有識者はこの問題の政治的困難さを理解して、一定の政治的配慮は止むを得ないことを理解して持論を振りかざすのは止めるべき。

  1. 本来は関税を維持するが農業への補助は少なくするか、関税を撤廃する代わりに農業への補助を行うかの選択肢であるべきだった。
  2. 関税を維持するのは、国際的に困難になりつつある。
  3. 関税も撤廃し、農家への補償もしないという選択肢は政治的には困難な選択。
  4. 一定の戸別所得補償は必要とのコンセンサスからスタートすべき。

自民党も関税を維持して農産物の価格を維持して農家を支える手法が取りにくくなっているのはわかっているはずなのであるから、必要以上に「所得補償=バラマキ」という喧伝は止めるべきである。

  1. 大規模農家に補助を特化するなどの施策は、一旦関税撤廃のショック緩和策と切り離して考えるべき。 

*1:それさえ反対という有識者もいるが…