擬似「政策論争」に踊るのはセミプロマスコミ

 マスコミは2大政党が一つの政策について意見を分かち、それを基準に有権者が候補者でなく党の政策で投票するという選挙スタイル。曲がりにも小泉首相が持ち込んだ「郵政民営化にYesかNoか」で投票するスタイルが、欧米の近代選挙に近い教科書通りのスタイルになったことに単純に感動して、「日本の政治が変わった!」と飛びついてしまっている。その中で党議拘束をかけて政党の公約と候補者の意見を一致させる必要性を唱え、今回の造反議員の処分を当然視する意見を後押ししている。
 確かに2大政党制で国論を二分する焦点がある場合はこのような構図になり、有権者が政党の政策で投票するという形式は有功だ。ただ2大政党制において細かい政策や少数意見をこの公式に当てはめると無理が生じるし、危険性も伴う。基本的政策、重要政策においては党議拘束をかけるが、個別政策や少数意見を反映した議員立法などは党議拘束はせず、議員個別の判断に任せるのが2大政党制の運用方法として欧米では定着している。2大政党制は様々な意見が1つの党がゆるやかに包括しなければならない宿命にある*1のある。
 また個別政策までしべて党議拘束をかけていたら、もはや議員が480人もいらないのである。選挙で選ばれた人間は議員にならず委任状を党首に渡して、普段は別の仕事をしていた方がいいというお話になる。
 問題は郵政民営化党議拘束をかけるような内容かという問題である。常識的に積極財政か財政再建かというような政治路線が明確であればそれも良いが、郵政民営化は方法論である。ちょっと違うのではないか?
 こんな事を書くと私も反小泉だ!工作員だとバッシングを受ける。それだけネット社会の執拗な親小泉のネチズンに占拠されていている状況だ。気持ち悪い。

*1:その意味で自民党民主党に対し、いろいろな意見の議員がいてバラバラだと指摘するのは2大政党制を理解していないピント外れな指摘である。