反平等イデオロギーの隠滅

 昨年来「格差」や「下層」というキーワードが巷に氾濫しているが、既にマスコミや小泉政治を批判する人々の煽りでなく、人々の実感を具現した言葉となりつつある昨今である。
 小泉首相は「格差批判」を将来の懸念として現状認識としての格差を否定し、最近では「成功者を妬む風潮」の戒めを述べているが、この発言には小泉支持者からも余り拍手喝采が聞こえてこない。正直、今回の小泉発言はピントがズレていて、多くの人々は成功者を妬んでいるのではなく多くの成功者に規範意識が欠けていることを問題にしているからである。最近の小泉総理は時代の空気を読む力が落ちている上に、時代が小泉首相の就任当初と明らかに変わってのである。
 小泉内閣発足当時は、まだ「悪平等」という言葉が巷に氾濫し、反平等イデオロギーが一定の支持を得ていた。保守論壇は学校教育における「おててつないで仲良くゴール」という話*1を執拗に引用し、ことあるごとに「平等」という価値観の胡散臭さを説いていた*2。そして日本の伝統的保守層の多くは反平等の立場から新自由主義を受け入れたのである。
 現在ではどうも、立ち位置「右」を自認する人の中にも「格差拡大」を批判する人が増えてきている。いったいこの5年間に何があったのか?
 これは冷戦の終焉と55年体制の崩壊から時が経ち、日本のオーソドックスな保守層が共産主義の呪縛から開放され、冷静に日本を顧るようになった結果であろう。競争は日本の伝統を破壊する、助け合いこそ日本の伝統であることに気付いてしまったのである。
 保守層から相次ぐホリエモン批判。左翼言論人と右翼言論人の意見の一致。最近みられる現象は偶然でなく、かなり明確な時代の転換なのである。

*1:実際にはごく一部の学校で見られた現象なのであるが。日教組が運動会順位付け反対運動を行っていると曲解されていた。

*2:実は反左翼の名の下の思考停止で、本質的な議論を先送りしていただけであった。