バルトの楽園

 板東俘虜収容所でドイツ人俘虜により演奏されたのが、日本での第9演奏の馴れ初めという話は有名なので知っていたが、それ以上の話、特に所長であった松江豊寿については全く知らなかった。
 映画化されると聞いて是非見ておこうと思っていた作品である。史実に基づく脚本であるので、脚色は多くはないと思われるが、啓蒙主義人道主義を基本に、家族愛や武士道精神といった味付けが施してある感じだ。この映画は家族愛がテーマだと言う人もいるが、家族愛は甘味料であって、素材はやはり啓蒙主義人道主義であろう。
 人道や寛容という言葉がむしろネガティブに使用される現況へのバックラッシュと見ることもできる。かつてなら間違いなく評価されてきた松江のような態度は、今では必ずしも評価されない。人道主義の価値をもう一度喚起させる態度には賛同するが、やや啓蒙主義的すぎるのが気になる。特に松江家の使用人である馬の存在である。彼は、息子をドイツ戦で亡くし、ドイツ人に憎しみを抱く。彼の行動も家族愛から来る行動であり、松江家やドイツ人俘虜の家族物語と同じ種類のオブラートに括られているものの、キャリア軍人である松江がリベラルな態度を示し、社会の下層にいる馬がレイシズムを剥き出しにするという姿は、リベラリズムが上からのものであるというリベラリズムの限界を写している。
 結局、人道や寛容という言葉がむしろネガティブに使用されるアンチリベラルバックラッシュは、リベラルが上からのものであり、非エリート層が権威主義化した啓蒙主義リベラリズムに違和感を唱えたからに他ならない。これは90年代の日本の現象であると同時にワイマール時代のドイツにも言える話である。
 この限界をうまく消した隠し味は、日本人固有のやさしさと武士道であったかも知れない。日本人はそもそも人道的で寛大な人が多かったはずだ、そうでない思想はむしろ外来思想であって、本当の日本の精神は和である。また武士の情けという言葉がある通り、武士道とは決して武断だけではない。