安倍次期首相は成果を出せるか?

 私は安倍次期首相には何ら期待もしてはいないが、かといってダメだろうと断定するのも早いと思う。一応様子見というスタンスだ。この人が成果を上げる可能性がないわけではないので、その可能性を2パターン考えた。

タカ派政治家が成果を上げる? 『ヒトラーパターン』

 よく「タカ派政治家」の方が実行力があるという人がいる。もちろんタカ派的な攻撃性=実行力になっている部分もあるが、ヒトラーパターンについて考えてみたい。政治学的にはもっと別の用語があるのかも知れないが、私には知識がないので知っている方がいればご指摘下さい。
 タカ派政治家には野望がある。時にはそれは国民に不人気であったり、一部の保守派にしか支持されないものであることが多い。その野望を実現するためにタカ派の政治家はほぼすべての国民に支持される政策を実行し、むしろ表面的にはその成果を誇示することが多い。ヒトラーの場合、アウトバーンなど公共事業に国家予算を注入し、失業問題を解決した。ここにある有名な手記がある。

人々はナチスに対し全く無批判でした。精神の自由など、大多数の人々にとっては価値のある概念では全くありませんでした。ナチスに疑いを差し挟むと次のように反論されました。「ヒトラーの成し遂げたことをぜひみて欲しい。我々は今ではまた以前のように大したものになっているんだから。」ヒトラーが失業問題を解決したという事こそ、私たちにとって重要な点だったのです。
(ドイツ 元社会民主党員の手記より)

ヒトラー自身が本当にやりたいことは、ユダヤ人の絶滅であったことは間違いない。しかしそんなことを公約には掲げられない。ヒトラーは圧倒的な成果を出すことによって、独裁政治や人権問題に国民を無批判にさせることに成功した。
 日本でタカ派政治家と言えば、中曽根康弘の名前が記憶に新しい。彼は戦後を総決算し、教育基本法改正などを目指し、そのためにも行政改革を断行する必要があった。彼は3公社の民営化や民間活力導入*1で国民の支持を集めることに成功したが、ついに教育基本法改正はできなかった。彼の野望の一部は公社の民営化に付随して官公労の弱体化であった。特に国鉄改革においては、国労組員を人材活用センターと称される施設に収容し、草むしりといった精神破壊をきたすような業務に従事*2させるなど、かなり危険で強引な手段が用いられたのであるが、「圧倒的成果の下で無批判の国民」というヒトラーパターンを見事までに再現させた。
 小泉首相はどうだったかと言うと、彼はどちらかと言えば国民受けの方が重要で、北朝鮮問題や皇室典範改正問題などでは保守派を切り捨てて国民の支持が得られる方のスタンスを選択するなど、タカ派よりポピュリズム色がより強かった気がする。しかし財界の小泉首相の態度はヒトラーパターンに近い、財界は対中国政策などでは相当苦虫を噛み殺していたきらいはあるが、財界にとって申し分のない構造改革の成果の下、批判を避けた。経団連会長であった奥田氏などは、対中外交は自分でやるぐらいの気概で自ら訪中を繰り返した。
 最もヒトラーパターンを利用したのは石原慎太郎都知事ではなかろうか。かれが一番やりたいのは安倍次期総理と同じく教育改革であろうが、彼は銀行税の導入、都立公園での大道芸、オリンピック誘致など都民受けする政策を矢継ぎ早に連発する。普通の政治家なら大いに批判されるような差別発言をしても、この人は許される。評価されている部分が多いと有権者は無批判になるのである。ヒトラーに極めて近似している。
 実はこのスキームは元来タカ派だけの専売特許ではない。日本ではハト派やリベラル派がおとなし過ぎるというかきれい事ばかり言って正攻法に固執するので事例がないが、海外では事例がみられる。代表的なのはフランスのミッテランである。彼は当時の国民世論では賛成派が少数であった「死刑制度廃止」を公約し実現したのである。当然、一部の人にしか支持されない政策を実現するには、ほぼすべての国民に支持される圧倒的な成果を出す必要があるのである。彼は労働時間の短縮や有給休暇の拡大などで大衆の支持を集めることに成功した。*3

近年成果を出す指導者のパターン。『敵陣取りのパターン』

 最近成果を上げている指導者を見ると、自分の主張や自分の支持母体と対立するサイトの政策を大胆に取り入れるというパターンである。政治学的にこういう行為を何と呼ぶのか、私には知識がないので、便宜的に「敵陣取りのパターン」と呼んでおく。最近ではイギリスのブレア首相がそうだし、スウェーデンラインフェルト次期首相がこの路線を狙っていると言われる。
 このパターンがなぜ強いかと言えば、①支持母体の反対を抑えることができる ②野党が反対しにくいので挙国一致的な政策遂行が可能 という理由が挙げられる。
例えば労働組合が反対しそうな政策を実現する場合、左翼政党の方がうまく丸め込んで実現できることが多かったりする。逆に企業が反対しそうな政策は、保守政党の方が丸め込む力があったりする。ただこれは相当指導力のある政治家でないと為しえない技だ。
また元々野党側の主張を取り入れてしまうことになるので、野党も反対しにくい。結果的に反対派がいないのでスムーズに政策が実現できる。もちろん与党内の造反が起こり得るので、相当指導力のある政治家でないとできない技だ。

安倍政権は成果を出せるか?

 以上の観点から考えると、安倍氏が成果をあげるとしたら、「教育改革実現のために他に何か圧倒的に国民に支持される成果を挙げる」か「自分のポリシーや自民党を支持していない層が期待する政策を大胆に取り入れる」かの二つの可能性があると思う。いずれにしてもかなり強いリーダーシップを発揮しないといけないのだが、どうも安倍氏の場合それ以前の問題で、ボタンを掛け違えている気がする。教育改革を「すべての国民が望んでいる改革の本丸」と位置づけている。世の中が右傾化し、以前より教育基本法改正を支持する人が増えているとはいえ、基本的には「一部の人にしか支持されない政策」と考えるべきである。世の中が右傾化への過信があるようである。本当に教育改革を実現したいのであれば、他に圧倒的に成果を出せる政策を前面に出し、付随して教育改革を裏でやるのがセオリーであるが、どうも教育以上のメインディッシュは出しそうもない。あの中曽根元首相がなぜできなかったのか、もう少し勉強しているのだとばかり思っていた。
多少知恵のある国民であれば、教育改革が日本を劇的に変える起爆剤になるとは思っていない。かなり自己満足に陥る危険性の高いジャンルであることを知っている。実際、国民の期待は生活レベル改善につながる景気・雇用分野にあり、教育改革にことさら期待しているのは安倍氏の取り巻き連中の方である。また自分のポリシーや自民党を支持していない層が期待する政策を大胆に取り入れるような考えははなからなさそうだ。これはなかなか成果を出せないな!というのが今のところの私の感想である。

*1:当時は評価されたが、今考えるとどうだったか。採算度外視の第3セクターの多くはこの時期に作られた。

*2:人材活用センターでは廃レールで鉄道マニア向けに文鎮を作るといった事業もなされ、マスコミはむしろこういう「アイディア事業」を好意的に報道した。

*3:その後のミッテラン政治は功罪半ばで、むしろ批判されることが多かったように記憶しているが、最近フランス国内で再評価されているようだ。