双子の公務員特権から選挙結果を考える

 民間低賃金労働者から見れば、エリート公務員も現業公務員も『恵まれた特権階級』であり、両者を区別することなく、『公務員バッシング』という一つのハンマーで叩くのが昨今の流れだが、構造的には公務員特権の温床は幹部の特権と現場の特権が共存調和しているのが特徴だ。現場を監督する立場の幹部が甘い汁を吸うために、現場にも甘い汁を吸わせせて、お互いに不問にするという構造だ。これに政治が絡み、保守政治家が幹部職員の特権と結びつき、ハコモノ行政の甘い蜜に規制。革新政治家が現場の特権に結びついていたのである。
 公務員特権にメスを入れたのは保守の方であった。国政レベルでは中曽根政権の国鉄改革がそうである。この改革は松田昌士(JR東日本会長)、葛西敬之(JR東海社長)、井手正敬(前JR西日本会長)の国鉄改革三人組など、エリート官僚が善玉であり、国労などの現業公務員が悪役というストーリで、この勧善懲悪劇に国民が拍手喝采し、新自由主義に対する国民の支持が確立し、労組は完全に悪役となった。
 もちろんこの時代にもリクルート事件など高級官僚の不祥事はあったが、「日本の官僚は優秀だ」という一般的認識が生きており、高級官僚に対する風当たりはさほど強くなかったのである。
 小泉時代の郵政改革とて、自民党自身の支持母体である特定郵便局を叩いた点は評価する向きもあるが、特定郵便局とて現場バッシングの延長に過ぎない。自民党は相変わらず現業公務員を叩くのが公務員改革だと言い続けていたのだが、この時既に国民の目はエリート公務員への問題視に重点が移りつつあったのである。
 完全に空気を読み違えたのが、年金問題での社保庁の労組バッシングであった。改革者気取りの元高級官僚片山さつきが、すべて現場が悪いようなプロパガンダを仕組んだが、総スカンを食ってしまった。産経文化人や田原総一朗毎日新聞岸井成格など安倍シンパのマスコミ人も現場悪玉説に同調するが、完全に不発に終ってしまった。
 国鉄改革時代には通用していたはずの「悪い現場をトップダウンで直す」という理論が通用しなくなっていたのである。正確にはトップが最善の策を以て改革に邁進していて結果が出ないのであればまだまだ現場バッシングは可能なのだが、トップが最初から「現場のせいにすればいい」的な態度で問題から逃げているので通用しないのである。むしろ責任を取らないトップの責任がクローズアップされてしまう。
 先の参院選では民主党が勝利を収めたが、郵政選挙の時のように労組を叩けば民主党も転ぶような現象は起きなかった。与党候補は民主党を批判する時に民主党=労組という常套句を使用するが、殆ど効き目がなくなっている。生憎テレビで労組を擁護する発言をするような議員がほとんど現れず、地元の講演会などに行けばそのような発言も散見されるようだが、そこまで執拗に取材してダメージを与えるマスコミ報道も存在しない*1からである。また長妻昭議員のように官公労に嫌われ相手候補の支援に回られて危うく落選寸前の状況に追い込まれても追求の手を緩めないような議員がいるので、有権者にいくら民主党=労組と宣伝しても伝わらないのであろう。
 逆に自民党の方が、現業公務員バッシングばかり熱心で、幹部公務員の特権を問題視しないばかりか癒着同罪ぶりが眼に余るようになってきた。幹部公務員の不祥事には大抵自民党議員が一枚噛んでいる。福田政権になっても自民党の支持率が低迷しているが、幹部公務員の特権と同じ蜜から決別し、この問題に正面から取り組まなければ浮上は厳しいであろう。ただ政権担当能力とは名ばかりに、官僚が我々のブレーンであるというのが自民党の党是であるから、官僚のコントロールは容易ではないであろう。
 先の大阪市長選挙にも似たような傾向が見られる。今回落選した自公推薦の関前市長は、2年前に自らの真を問うために辞任し出直し選挙に挑んだ。その際、それまでの与党の中から民主党からの推薦のみ事態し、自公の推薦で出直し選挙に挑み、この作戦が見事功を奏して再選された。この時は郵政選挙の直後で、大阪市内の選挙区で与党が完勝し、自公は改革勢力で、民主党は労組寄りの守旧勢力だという認識が残っていた頃だ。この時、民主党は前原体制に変わり、労組との関係見直しを謳い関係も冷却していたが、有権者の意識はまだ民主党守旧派だったのだ。この選挙では民主党出身も佐藤恵候補も立候補したが、労組色が付くのを嫌い自ら民主党の推薦を断り無所属で立った。民主党は候補者すら立てられない酷い状況だったのだ。
 当選した関前市長は、それまでの妥協的な市政を改め改革に邁進し、その改革を評価する声も少なくない。それなのに今回の敗戦という結果は何だったのか?大阪市問題もやはり双子の特権で成り立っており、非常に有名な市職員の厚遇問題や同和優遇などの問題があると同時に不採算な第3セクター、公共施設、幹部職員の関連機関や関連企業への天下りの問題がある。関前市長は自民党側に付いてしまったために非常に自民党的な手法に傾斜し、双子の特権のうちの現場側の問題に傾斜してしまった。一方で幹部職員の天下りは一切不問にし、幹部職員の特権に対する甘さが目立った。また保育施設の廃止など、官が生んだ赤字を民の痛みに転嫁する財政再建策など不評を買った。これは最近の自民党の不評な政策にパラレルする。
 一方2年前はどん底の状況に追い込まれた大阪の民主党は息を吹き返したようだ。2年前はまだ組合を擁護するような発言をする議員も散見されたが、市議会の会派も労組出身議員を含めて改革路線に転じ組合寄りというイメージの払拭をはかった。また今回当選した平松邦夫毎日放送出身というのもプラスに働いたと思われる。大阪市問題を最初に取り上げスクープを続けてきたのが毎日放送の看板番組である「VOICE」で、平松候補は「VOICE」の前身番組の「MBSナウ」の司会者であり、立候補直前まで同社の役員室長を歴任していた。
 与党側からは平松候補と市職員組合を結びつけるネガキャンが貼られたようだが、ほとんど効果がなかった。
 平松新市長の手腕は未知数だが、一部の人が指摘しているように市職員組合や部落開放同盟が発言力を増して、市政改革を逆行あせるという心配は余りしていない。海外の例では左派政権の時に労働問題が解決した例が少なくない。市職員組合や部落開放同盟は既に孤立しており、新市長や民主党にまで見捨てられたら誰も味方がいなくなるので、多少不満がある政策でも当面は従わざるを得ないであろう。逆に平松新市長が日和ったらいつでもリコールという危機が待ち構えており、安易な妥協はできない。

*1:産経新聞に取材力があれば様相は違ったかもしれないが…