自給率向上のための議論をする前に「食料自給率という幻想」を読み返す

 昨年の9月に池田信夫氏のブログを読み返したい。

 松岡利勝の記事のコメント欄で、食料自給率をめぐって論争が続いている。特に先月、農水省が日本の自給率(カロリーベース)が40%を割ったと発表したことで、民主党が「自給率100%をめざす」などと騒いでいる。
しかし、この問題についての経済学者の合意は「食料自給率なんてナンセンス」である。リカード以来の国際分業の原理から考えれば、(特殊な高級農産物や生鮮野菜などを除いて)比較優位のない農産物を日本で生産するのは不合理である。そもそも「食料自給率」とか「食料安全保障」などという言葉を使うのも日本政府だけで、WTOでは相手にもされない。
 食料の輸入がゼロになるというのは、日本がすべての国と全面戦争に突入した場合ぐらいしか考えられないが、そういう事態は、あの第2次大戦でも発生しなかった。その経験でもわかるように、戦争の際に決定的な資源は食料ではなく石油である。その99.7%を輸入に頼っている日本が、食料だけ自給したって何の足しにもならない。それより1993年の「コメ不足」騒動でも明らかになったように、普段から輸入ルートを確保しておくほうが供給不足には有効だ。
 1960年には80%もあった自給率が半減したのは、単なる都市化の影響ではない。最大の原因は、米価の極端な統制だ。コメさえつくっていれば確実に元がとれるので、非効率な兼業農家が残り、コメ以外の作物をつくらなくなったのだ。こういう補助金に寄生している兼業農家がガンなので、民主党のようにまんべんなくばらまくのは、もってのほかである。所得補償をやるなら一定規模以上の専業農家に限定し、米価を含む農産物価格の規制や関税を全廃し、兼業農家を駆逐する必要がある。
 所得補償は、従来の輸出補助金などよりましな政策としてWTOでも認められているが、それは生産補助金であってはならない。したがって「所得補償で自給率を向上させる」という民主党マニフェストは、WTO違反である。このように先進国が補助金を出して途上国の農産物の輸出を妨害していることが、彼らの経済的自立を阻んでいるのだ。役に立たない開発援助よりも、先進国が協調して農業保護を廃絶するほうが途上国にとってはるかに有効だ。これが今やWTOのもっとも重要な役割である。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/dc1ed23cfded932bbfe48b6e39058e5e

 当時池田氏に賛意を表明した人は、今はどのような考えなのであろうか?
 共同通信世論調査で「今行政に望むこと」という設問の答えで最も多かったのは「国内の農業を見直し、食料自給率を高める」の55.5%だった。 中国の毒ギョウザ事件をきっかけに世論に大きな変化が見られる。中国産の野菜の輸入量は急減し、国内産野菜への需要が高まっている昨今である。

  • 中国産野菜、2月の輸入4割減  ギョーザ事件影響 3/8朝日
  • 東京新聞:ギョーザ中毒事件1カ月 『安全』求め 国産野菜値上がり 2/29東京

 私は毒ギョウサの問題以前に、中国がまもなく食料輸出国に転じて、日本に輸出する余力もなくなるであろう。或いは世界的な構造的穀物不足から、食料の海外依存は危険だと警鐘を鳴らしてきたが、多くの支持は得られなかった。
 この頃は、「自給率の向上」を農業保護の理由にすることへの反発が都市部を中心にまだまだ強かったように思う。しかし反対派は当時は池田氏のロジックを見て判る通り「食糧安保論」を粉砕すればよかった。今は海外の食料の安全性の担保について議論しなければいけないので、リカード国際分業論信者は大変であろう。
 ともかく、今は世論が行政に対して自給率を高める政策を推進することを求めている。自給率向上反対などどうせ少数派に決まっているので、自給率を高めるか否かの議論には終止符を打って、自給率を高めるための具体的政策議論をすべきである。