日本の農業はどうあるべきか。自給率向上と高付加価値化

[Opinion]日本の農業はどうあるべきか。自給率向上と高付加価値化
自民党河野太郎氏の農業に対するエントリーに対して、賛意を表明するコメントが多数あったので注目してみた。
 http://news.livedoor.com/article/detail/5127290/
 似たような意見は多く聞くので目新しさはないが、政府やどの政党の公式な農政公約とも一線を画すので、彫り上げてみるのは面白い、
 ようは日本の農家が生き残ることを重視するのか、自給率向上を重視するかの違い。一時、経済界やエコノミストの間で農業安楽死論が支持され、その中で日本の農業維持を力説する必要があった時代は、まず自給率向上が必要で、その為に農家を保護育成する必要があるというロジックを組み立てる必要があった。
 中国ギョーザ事件以来、輸入食品に対するアレルギーが広がり、これまで農家保護に批判的だった都市住民の間でもコストをかけてでも国内農業を育成することに対して一定のコンセンサスが集まるようになり、エコノミストの間でも一般受けが悪くなった農業安楽死論を正面から唱える人がいなくなった。
 その中でエコノミストらの間で支持されるようになったのが「少数精鋭高付加価値営農論」である。無理に農家を増やしたり耕作面積を増やしたりせず、今農業をやっている人の中でやる気のある人だけに絞って政府が支援しましょうという考えだ。
 このスキームのメリットと問題点は以下の通り。

メリット

・農家の収入が高まるので、所得補償を最低限に抑制でき、財政の負担が軽減される。
・農家数・耕作面積が減るのでピンスポットで効率のいい投資が可能。

問題点

・富裕層は国産品中心の食生活、一般人は輸入食品中心の食生活という結果にならないか?
・ 耕作面積、収穫量を増やすという目標を放棄するので、余剰となった農地をどうするか。過疎地の無人化が進む可能性。
・ 農家の収入は高まるが、専業化を進めると天候リスクのヘッジ力が弱くなる(農業以外の副収入がないため)ため、結局何らかの所得補償策は要求される可能性が高い。
 

支持しそうな人

・ 専業農業経営者:補助金が集中的に使われメリットを受ける可能性があるため。
・ 財政規律派:とりあえず農家への補助をミニマムにできる。
・本当は農業を重視していない人:とりあえず農家への補助をミニマムにできる。

反対しそうな人

地方自治体→過疎化が加速する可能性があるため。農業の代わりになる産業もない。
・ 農業団体→農業人口減少に歯止めがかからないため。農業人口が減少すると農業団体の財務基盤が崩壊する。
・ 一部の消費者→貧乏人は輸入食品を食え的なメッセ−ジへの反発

一方、自給率向上を目指す現在の農政についてみると

メリット

・安価な作物も含めて自給ができる。
・耕作面積が維持されれば、地方の過疎化に一定の歯止めがかけられる。

問題点

・ 内外価格差の大きい穀物がカロリーベースで大きな比重を占めるため、所得補償等の財政支出が拡大する可能性が高い。
・ 気候の問題から日本で作れない作物は当然輸入するとなると、名目上自給率100%を目指すには結局何らかの作物は輸出する必要がある。

賛成しそうな人

地方自治体→過疎化に一定の歯止めがかかることが期待できる。
・ 農業団体→農業人口減少に一定の歯止めがかかることが期待できる。
・ 一部の消費者→安心な国産作物を食べたいというニーズを満たす

反対しそうな人

・ 専業農業経営者:補助金が分散し、兼業農家や零細農家にも使われる。
・ 財政規律派:専業農業経営者:補助金が集中的に使われメリットを受ける可能性があるため。
・ 財政規律派:とりあえず農家への補助をミニマムにできる。
・本当は農業を重視していない人:とりあえず農家への補助をミニマムにできる。


 河野氏の提案はある意味アジェンダ整理として有効な問いかけだ。もちろんメリットも問題点もあるので、それを理解し、自給率向上を目指す農水省の基本路線とどう違うのか整理する必要がある。
 実際には論点整理が不十分で、高付加価値化を求めている人の間で、同時に土地集約、大規模化、専業化を唱える人が多い。大規模化は本来自給率向上と親和性の高い議論で、本来土地の集約や専業化による農業経営リスクの増大によって財政負担が重くなる。農業を余り重視しないで財政負担を最小化したいのであれば、小規模な兼業農家に高付加価値作物を栽培させた方がいい。狭い農地でもそこそこの収益を生み、既存の農地を使うのでお金もかからず、副収入もあるので所得補償施策を充実させる必要もない。
ただ実際には白か黒にはならないだろう。自給率を上げましょうと行っても、100%なんか無理だ思われているし、自給率向上を求める世論も100%を求めている訳ではない。一方高付加価値化と言っても、政府が高付加価値作物を栽培しましょうと音頭を取って農家がみな従うとも思えない。「私は一般庶民が買える野菜を作るんだ」と反発する農家もいるだろう。
 結局方針が曖昧のまま、高付加価値化がなんとなく進み、自給率も少し改善すればいいやというのが落としどころではないか。そうなると、農政不在と言われるが、そもそも政府があまりあるべき論で誘導しない方がうまくいく場合もある。